山口淑子と映画の世界

山口淑子は1920年、中国東北部にある撫順で生まれました。
李香蘭の名で記憶している人も多いのではないでしょうか?

李香蘭」(イェライシャン⇒キョウチクトウ科の同名の植物)などのヒットで日本でも戦時下のスターとなり、この時期には東宝で高峰秀子や原節子、谷川一夫らとともに東宝映画にも数多く出演、熱狂的なファンを獲得しました。

当時の主な作品として、「蜜月快車」「東遊記」「白蘭の歌」「支那の夜」「熱砂の誓い」「蘇州の夜」「万世流芳」などが挙げられます。

ところが、敗戦後は一転して中国からスパイの嫌疑を受けてしまいます。

日本への帰国すら危ぶまれる状況の中、知人や業界人らの奔走で何とかスパイ容疑を解決。
帰国後は「山口淑子」として、1947年から日本映画界に復帰します。

吉村公三監督「わが生涯の輝ける日」では森雅之と、谷口仙吉監督「暁の脱走」では池部良と強烈なキスシーンを演じ、邦画史上初というインパクトもあって、観客を大いに驚かせることとなりました。

その後も意欲的に芸能活動を続ける山口淑子は、1951年には渡米。
巨匠キング・ヴィダーの「東は東」に、日本人役で主演します。

1954年のサミュエル・フラー監督「東京暗黒街・竹の家 [DVD]」にも出演を果たしますが、これは日本では散々な評判だったようです……。

その他、1950年黒澤明監督、三船敏郎主演の「醜聞(スキャンダル)」、1956年に池部良と共演した「白夫人の妖恋」をはじめ、主役や準主役を演じた邦画はゆうに30本を超えますが、1958年、「東京の休日」を最後に人気絶頂のまま、映画界を引退しました。


引退後の山口淑子は、ワイドショーの司会者として再出発、仕事の関係で1971年に中東の戦乱地を歴訪し、テレビ大賞優秀個人賞などを獲得します。

抜群の知名度で、翌年の参議院議員選挙でも当選。

自民党員として、外務委員長や沖縄北方領土に関する委員長など、
主に外交の分野で精力的に活動を行いました。

日本と中国、二つの国を祖国として持つ山口淑子は、その激動の運命と共に、
今でも不世出の女優として語り継がれ、人々から愛されているスターであり続けているのです。



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