日本映画界を支えた仲代達也

邦画好きと言うわけでなくても、
仲代達矢と言う名前を知らない人はあまり居ないでしょう。

日本映画界にとってはとても意味のある人物です。
当時斜陽を迎えていた邦画界で、仲代は傾きかけた業界を支え続けました。

仲代達矢が生まれたのは、1932年(昭和7年)。
やがて俳優座養成所に入学し、55年に卒業。

そんな仲代のデビュー作は、巨匠・黒澤明監督の代表作でもある「七人の侍」になります。

とにかくスケールの大きな俳優であり、
画面を引き締める強烈な個性と高い演技力により、またたくまに人気を上げました。

中でも、仲代達矢の絶大な人気を作るきっかけになった作品が、
59年に制作された須川栄三監督の「野獣死すべし」。

ここでがっちりとファンを掴んだ仲代は、
そのまま名俳優としての道をひた走ることになります。


野獣死すべし」以降も数々の作品に出演しており、その活躍には目を見張るものがあります。

例えば、小林正樹監督の「人間の條件」(59~60年)。

人間の條件」は、6部からなる大長編で、上映時間はなんと10時間にもなります。
現在の邦画業界からは、ちょっと考えられないくらいの超大作ですね。

この他、豊田司郎の「地獄変」「四谷怪談」、山本薩生の「華麗なる一族」「金環蝕」、伊藤大輔の「幕末」、熊井啓治の「朝やけの詩」、市川崑の「炎上」「吾輩は猫である」、篠田正浩の「無頼漢」、堀川弘通の「白と黒」などが有名。

時代劇から現代劇まで幅広いジャンルで活躍するだけでなく、その役柄も様々です。

どんな設定であっても完璧に役をこなせるだけの高い演技力を持つ俳優は、現在でもそうそう居ません。

そんな仲代達矢を信頼した巨匠と言えば、黒澤明と岡本喜八。

特に黒澤明は仲代に入れ込み、「用心棒/a>」「天国と地獄」「椿三十郎」「」などに起用しました。

また岡本喜八とは「結婚のすべて」から親交を続け、仲代は「激動の昭和史 沖縄決戦
日本のいちばん長い日」「殺人狂時代」に出演しています。

多くの名俳優がこの世を去る中、健在の仲代達矢は近年では
「約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯」に出演しました。